「孫策と玉璽」なんて言葉、なんだかワクワクしますよね。 三国志が好きなのに、 人物や出来事が頭の中でうまくつながらないと感じたこと、ありませんか。
ゲームや漫画なんかだと、孫策が激レアアイテムの玉璽を、あろうことか袁術に渡しちゃう。「えっ、もったいない!」って画面にツッコミたくなりますよね。 でも実は、この「もったいない」決断こそが、のちの呉という国を作るための最高のファインプレーだったんです。
なぜ彼は最強アイテムを手放したのか。その理由がわかると、バラバラだった点と線がスッとつながって、孫策のことがもっと好きになるんですよ。
このブログでは、 三国志が「好き」から「ちゃんと分かる」に変わる、その途中を一緒に歩いていきます。 「もしも、ちゃんと分かったら?」の三国志、 ここから始めましょう。

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父・孫堅の死と、残された「呪いのアイテム」
まずは、時計の針を少しだけ巻き戻してみましょう。 そもそも、この玉璽はどこから来たのかというと、孫策のお父さん、「江東の虎」こと孫堅(そんけん)が、燃え盛る洛陽の古井戸から拾ったものでした。
運命のイタズラというか、これがすべての悲劇の始まりになってしまうんですね。


🗨️ 要するにこういうことなんじゃよ
よいか、玉璽というのはただのハンコではない。分不相応な者が持てば、それは身を滅ぼす『呪いの石』になるのじゃよ。
宝を持っていても、お腹は膨れないんです

玉璽といえば、皇帝の証です。 持っているだけで「私が正義だ!」と言える、とてつもない権威があります。 でも、ここで冷静になって考えてみてください。
この玉璽、ビームを出して敵をなぎ倒したり、空からお金を降らせたりする機能はありません。 ただの、すごいハンコなんです。
当時、まだ勢力が小さかった孫堅・孫策親子にとって、これは幸運のアイテムどころか、「身の丈に合わない爆弾」でした。
たとえば、小学生がランドセルに「1億円の札束」を入れて登校しているようなものです。 どうなると思います?
「あいつ、なんかすごいもの持ってるらしいぞ」と不良(劉表など)に狙われます。 「おい、それを俺によこせ」とジャイアン(袁術)みたいな先輩に脅されます。 隠し持っていることがバレて喧嘩になり、結局、父・孫堅はこの玉璽絡みのゴタゴタで命を落としてしまいました。
そう、お父さんは玉璽を守ろうとして亡くなったとも言えるんです。
孫策が気づいた「重荷」の正体

父が亡くなり、袁術のもとで居候のような生活を送ることになった若き孫策。 手元に残されたのは、父の形見である「玉璽」ひとつだけ。
兵もいない、土地もない、あるのはこの「光る石」だけ。 孫策は、毎晩それを眺めながら考えたはずです。
「これを持っていても、腹は膨れないし、兵隊も増えない。むしろ、これがあるせいで袁術どのに警戒されて、俺はずっとカゴの中の鳥なんじゃないか?」
大切にすればするほど、自分を縛り付ける鎖になってしまう。 皮肉なことに、最強のアイテムが、孫策の自由を奪っていたんですね。

若君、そのハンコで敵を殴りますか? けっこう硬くていい武器になりそうですぞ!
さて、この厄介なハンコをどう処理するか。ここで孫策は、とんでもなく賢い「交換条件」を思いつくのです。

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呉の礎を築いた孫策。
彼がもしも暗殺されずに生きていたら、歴史はどう動いていたのでしょうか。
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袁術との取引成立!「名」を捨てて「実」を取る


🗨️ 要するにこういうことなんじゃよ
欲深い袁術の心理を逆手に取ったのじゃな。『見栄』を相手に与えて、自分は『実利』をもらう。商人のような手腕じゃわい。
孫策の上司にあたる袁術という男、この人はとにかく「名家(エリート)」としてのプライドが高いんです。 実力はそこそこなのに、「皇帝」という肩書きへの憧れだけは人一倍強い、ちょっと面倒くさいタイプなんですね。
一方で、孫策が喉から手が出るほど欲しかったのは、肩書きなんかじゃありません。 自分の手足となって動いてくれる「兵隊」と、カゴから飛び出して独立するための「チャンス」です。
ここで、歴史に残る「世紀のトレード」が成立します。
孫策の頭の中でおきた計算

孫策はこう考えました。 「袁術どのは、この石ころ(玉璽)が欲しくてたまらない。なら、くれてやろう。その代わり、俺は現実的に使える『力』をもらうんだ」
そして、袁術にこう持ちかけます。
「亡き父の残した玉璽を差し上げます。その代わり、兵を数千ほど貸してください。私はそれで江東を平定しに行きます」
もう、袁術は大喜びですよ。 「おお、ついにこれが手に入ったか! これでワシも皇帝じゃ!」と有頂天です。 孫策も内心ガッツポーズです。 「よし、これでやっと厄介払いができたうえに、兵隊までゲットできた!」と。
「わらしべ長者」の逆?いいえ、最高の投資です

はたから見れば、「国を買えるほどの秘宝」を「たった数千の兵」と交換した孫策は、大損したように見えるかもしれません。 わらしべ長者の逆バージョンみたいですよね。
でも、この時の孫策にとっては、「今の自分には使いこなせない最強装備(レベル不足)」よりも、「今すぐ使える初期装備(兵士)」のほうが、数億倍価値があったんです。
彼は「プライド(玉璽)」を捨てて、「現実(兵力)」を取りました。 かっこよく言うと、「名より実を取る」というやつです。
もしここで、「いや、これは父の形見だから絶対に渡さない!」と意地を張っていたらどうなっていたでしょう? おそらく袁術にずっと飼い殺しにされるか、最悪の場合、暗殺されて玉璽を奪われていたかもしれません。
形だけの宝を捨てて、未来への切符を買った。 この潔い判断こそが、凡人と覇王の分かれ目だったんですね。

はちみつ水を持ってこーい! 今日は祝杯じゃ、玉璽の横ではちみつ水を飲むぞー!
こうして身軽になった孫策。面白いことに、玉璽を手放したあとの方が、なぜか彼の周りには素晴らしい「宝」が集まってきたんですよ。
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玉璽を手放したからこそ、手に入った「本当の宝」


🗨️ 要するにこういうことなんじゃよ
人は『モノ』を持っている奴には集まらん。『夢』を見せてくれる奴に集まるんじゃ。孫策はそれを示したのじゃよ。
玉璽という重たい荷物を下ろして、身軽になった孫策の進撃は、まさに「小覇王」の名にふさわしいものでした。 袁術から借りたわずかな兵を元手に、あれよあれよという間に勝ち進んでいきます。
そして何より不思議なのが、「玉璽を手放した後の方が、人が集まってきた」という事実です。
人は「モノ」ではなく「夢」に集まる

もし孫策が、袁術の元でこっそり玉璽を隠し持ったまま、ウジウジと愚痴を言っていたらどうだったでしょう? 「俺には玉璽があるんだぞ、偉いんだぞ」なんて言っても、誰もついていきませんよね。 「あいつ、親の遺産にしがみついてるだけのボンボンだな」と思われて終わりです。
しかし、彼はすべてを投げ打って、裸一貫で独立という荒野に飛び出しました。
その背中を見たからこそ、親友の周瑜(しゅうゆ)が「面白そうだから俺も混ぜてくれ!」と駆けつけました。 敵として戦っていた太史慈(たいしじ)さえも、「この男になら命を預けてもいい」と魅了され、仲間になったんです。
彼らが集まったのは、孫策が「玉璽」を持っていたからではありません。 孫策が「新しい時代」を作ろうとしていたからです。
袁術と孫策、その後の明暗

その後の二人の運命を見ると、この決断の答え合わせができます。
どちらが「本当に賢い選択」をしたかは、もう明らかですよね。 玉璽はあくまで「道具」にすぎません。本当に大切なのは、それを使って何を成し遂げるか、だったんです。

孫策どの、あんたの武器は槍だと思ってたが、一番の武器はその『思い切りの良さ』だったというわけか。一本取られたな!
さて、最後にこの孫策のエピソードから、私たちが日常で活かせる「ちょっとしたヒント」をまとめてみましょう。
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まとめ:孫策から学ぶ「プライドの捨て方」


🗨️ 要するにこういうことなんじゃよ
何かを得たければ、まずは両手を空けることじゃ。握りしめたままでは、新しいチャンスは掴めんからのう。
孫策が袁術に玉璽を渡したエピソード。 これは単なる「もったいない失敗」ではなく、「自分の未来への投資」でした。
私たちも、仕事や生活の中で「変なプライド」や「過去の成功体験」にしがみついてしまうこと、ありますよね。 「昔はこうだったのに」とか「せっかくここまでやったんだから」とか。
でも、孫策のように「今の自分に必要なのはこれじゃない!」と思い切って手放してみる。 そうすると、不思議と両手が空いて、新しいチャンスや、本当に大切な人との出会いが入ってくるのかもしれません。
「玉璽なんて、ただの石っころだろ?」 そう笑って戦場を駆け抜けた孫策の姿を想像すると、なんだか「ま、いっか!」と勇気が湧いてきませんか?
時には損をして、大きな得を取る。 そんな軽やかな生き方を、孫策は教えてくれているような気がします。

なるほど……勉強になります! 俺もこの難しい本を捨てて、体を鍛えることにします!

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Q:孫策と玉璽のエピソードとは?
A:孫策が父・孫堅の遺した国宝「玉璽」を袁術に譲り、見返りに兵を借りて江東進出の足がかりを作った決断のことです。
Q:なぜ大事な玉璽を渡した?
A:兵力のない現状では玉璽はただの「重荷」であり、名誉よりも実利(兵士・自由)を得る方が重要だと判断したからです。
Q:交換条件は何だった?
A:玉璽を渡す代わりに、袁術から兵数千と父の代からの家臣を返してもらい、独立するためのチャンスを得ました。
Q:その後、袁術はどうなった?
A:玉璽を得て皇帝を名乗りましたが、全勢力から反感を買い、孤立して滅亡しました。玉璽が破滅を招いた形です。
Q:この決断の凄さは?
A:目先のプライド(名)を捨てて現実(実)を取った点です。この英断がなければ、後の「呉」の繁栄はありませんでした。
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