三国志の漫画を読んでいて、ふとページをめくる手が止まること、ありませんか。
「あれ、このヒゲの武将、名前は知ってるけど何をした人だっけ?」
「気づいたら大戦争になってるけど、そもそもなんで揉めてるの?」
登場人物はいっぱいですし、話の流れも複雑で、なんだか自分だけ置いてけぼりにされた気分になっちゃうんですよね。
でも、安心してください。それはあなたのせいじゃなくて、物語の「裏方さん」が見えていないだけなんです。
実は、曹操が強かった本当の理由は、表舞台の英雄たちではなく、その隣にいる「軍師」たちが握っていました。
今回は、そんな魏を支えた頭脳たちを「【曹操軍】軍師ランキングTOP10」として紹介しますね。
ただの強さ比べではありません。
彼らがどんなふうに曹操を助けたのか、その知略を知れば、バラバラだった歴史の点が、驚くほどスッと一本の線につながるはずですよ。
このブログは、三国志が 「好き」で終わらず、
「ちゃんと分かる」物語へと変わっていく、
その過程を一緒にたどる場所です。
――もしも、三国志が本当に分かったら。
その最初の一歩を、ここから始めましょう。

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まずは結論!曹操軍の最強軍師ランキングTOP10

🗨️ 要するにこういうことなんじゃよ
忙しいお主のために、まずは結果発表じゃ。右端の管理人殿のコメントにも注目するのじゃぞ。ワシの順位については…まあ、妥当なところじゃな。
まずは、時間がない方のために結論からお見せしますね。
それぞれの能力や寿命、そして「管理人たか」の一言メモをまとめた表がこちらです。
※パラメーターは「もしも三国志」独自の考察です

お、俺の名前がないぞ! 武力なら誰にも負けねぇのに!
さて、ここからはランキングを詳しく見ていくことで、「なぜ彼らが順位付けされたのか」「どう歴史を動かしたのか」を整理していきましょうか。
第10位〜第6位|派手さはないが、「負けない」を作った男たち

🗨️ 要するにこういうことなんじゃよ
曹操様がすごかったのは、ワシらのような「一芸に秀でた者」を適材適所で使いこなしたことじゃ。ここでは、そんな渋い仕事人たちを紹介するぞ。
いよいよランキングの始まりです。
第10位から第6位に並ぶのは、正直言って「地味」な人たちばかり。
ゲームで必殺技を連発するような、派手な天才軍師ではありません。
でもですね、彼らこそが魏という巨大組織の屋台骨なんです。
彼らの仕事は、一発逆転のホームランを打つことではありません。
戦う前に「これなら絶対に負けない」という準備を、淡々と整えること。
誰にも気づかれないところで、曹操軍のピンチを未然に防いでいた。
そんな、渋くてカッコいい「縁の下の力持ち」たちから見ていきましょう。
10位 戯志才(ぎしさい)|伝説のバトンを渡した男

「えっ、誰それ?」 そう思ったあなた、安心してください。
三国志好きの間でも、知る人ぞ知る幻の人物ですから。
でも実は彼、あの曹操が最初に惚れ込んだ「初代・参謀」なんです。
まだ曹操が若く、勢力が小さかった頃。
誰よりも早く曹操の才能を見抜き、その横で知恵を絞っていたのがこの戯志才でした。
ところが、彼は志半ばで早くに亡くなってしまいます。
曹操の落ち込みようといったら、もう見ていられないほどだったとか。
「彼のような相談相手がいなくなってしまった、どうすればいいんだ…」
そう嘆く曹操に、同僚の荀彧(じゅんいく)が声をかけます。
「それなら、彼に負けない天才がいますよ」
そうして紹介されたのが、あの有名な「郭嘉(かくか)」だったんです。
もし戯志才が長生きしていたら、郭嘉の出番はなかったかもしれません。 彼の死という悲しみがあったからこそ、新しい天才へとバトンが渡り、最強の軍師団が生まれた。
誰かが去ったあいた穴を、また誰かが埋めて、組織は強くなっていく。
歴史も私たちの生活も、そうやって繋がっているのかもしれませんね
9位 蔣済(しょうさい)|ピンチを好機に変える判断役

続いて第9位は、蔣済という人物です。
名前を聞いてもピンとこないかもしれませんが、彼は曹操軍にとっての「超優秀なブレーキ役」でした。
たとえば、ある時、魏に最大のピンチが訪れます。
敵の猛将、関羽が攻め込んできたんです。
あの関羽ですから、もうめちゃくちゃ強い。
さすがの曹操もパニックになって、「もうダメだ、都を捨てて引っ越そう!」なんて弱気なことを言い出しました。
トップがそんな状態じゃ、組織はガタガタですよね。
そこでスッと手を挙げたのが蔣済です。
「社長、ちょっと落ち着いてください」
「ここで逃げたら、それこそ相手の思うツボですよ」
彼はただ止めるだけじゃありません。
「関羽と仲が悪い孫権(呉)をそそのかして、背中から襲わせましょう」
と提案したんです。
いわゆる「敵の敵は味方」作戦ですね。
これがズバリ的中して、関羽は撤退。魏は絶体絶命のピンチを脱出しました。
周りが「ヤバいヤバい」と慌てふためいている時に、一人だけコーヒーを飲みながら全体を見渡しているような人。
こういう人が一人いるだけで、組織の寿命はずいぶん伸びるものなんですね。
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第8位 満寵(まんちょう)|孫権を絶望させた鉄壁の守護神

第8位は、満寵(まんちょう)という武将です。
名前だけ聞くと、なんだか美味しそうな中華まんみたいですが、中身はとんでもなくハードな「鉄壁の男」なんですよ。
彼は、攻撃よりも「守備」のスペシャリストでした。
特に、ライバル国である呉(孫権)との国境、「合肥(がっぴ)」の守りを任された時の仕事ぶりがすごいんです。
孫権が「今度こそ落とすぞ!」と何度攻めてきても、満寵はビクともしない。
「残念でした、本日は定休日です」と言わんばかりに、ことごとく追い返してしまうんです。
曹操が安心して遠くへ遠征に行けたのも、実は彼のおかげなんですね。
「家の鍵は満寵に預けてあるから大丈夫」という絶対的な安心感があったからこそ、曹操は背中を気にせず、前だけを見て戦うことができました。
派手なゴールを決めるストライカーも大事ですが、絶対に点を取らせないキーパーがいてこその勝利。 満寵は、まさに魏というチームを後ろから支えた、最強の守護神だったのです。
ちなみにこの時、すでに曹操は亡くなっていましたが、彼が抜擢した満寵は、孫の代になっても鉄壁の守りで魏を支え続けたんですよ。
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第7位 劉曄(りゅうよう)|皇族の血を引く発明家

第7位にランクインしたのは、劉曄という人物です。
彼はなんと、漢王朝の皇族の血を引く、正真正銘の「やんごとなきプリンス」。
でも、ただのセレブお坊ちゃんではありません。
彼の武器は、剣でも弁論でもなく、まさかの「工作スキル」でした。
ある時、曹操軍が最大のライバル・袁紹軍と戦っていた時のことです。
敵が高い塔(やぐら)を組み上げて、そこから雨のように矢を撃ち込んできたことがありました。
上からの攻撃って、防ぎようがないんですよね。
曹操軍の兵士たちは「痛い痛い、これじゃ近づけないよ!」と大パニック。
盾を構えて縮こまるしかありませんでした。
そこで劉曄が、まるでドラえもんのように解決策を出します。
「じゃあ、あの塔ごと壊しちゃいましょう」
彼が設計したのは「発石車」、つまり巨大な投石マシンでした。
これが効果てきめん。
ビュンビュン飛んでくる巨大な石に、敵の自慢の塔は木っ端微塵に砕け散りました。
精神論や根性ではなく、「科学の力」で物理的に問題を解決する。
三国志の時代に、こんなエンジニア気質の軍師がいたなんて、ちょっとワクワクしませんか?
こういう技術屋さんがいるのも、曹操軍の層の厚さなんですよね。
第6位 程昱(ていいく)|汚れ仕事も厭わない剛腕フィクサー

第6位は、程昱(ていいく)です。
この人、曹操軍の中でも最年長クラスのおじいちゃんなんですが……
一言でいうと、めちゃくちゃ「怖い」人です。
どれくらい怖いかと言うと、食料が底をついて軍が全滅しそうになった時、「あるお肉」を混ぜて兵士たちに食べさせた、なんていう都市伝説があるほど。
(それが何の肉だったのかは、怖すぎるのでここでは秘密にしておきますね……)
でも、ただの残酷な人ではないんです。
彼は、組織のために誰かがやらなきゃいけない「汚れ仕事」を、黙って引き受ける覚悟を持った人でした。
きれいごとだけで世の中は渡っていけません。
時には非情な決断が必要な場面もある。
そんな時、トップである曹操に手を汚させないよう、「俺が全部やっておきましたから」と泥をかぶる。
そんな凄みのある「フィクサー(黒幕)」がいたからこそ、曹操軍は厳しい乱世を生き残れたのかもしれません。
優しさだけじゃ守れないものがあることを、彼は背中で教えてくれている気がしますね。

俺も合肥で暴れたクチだが、満寵の守りはガチだぜ。あいつの『法』による締め付けは、俺の突撃より息苦しいかもしれんな……孫権も災難なこった。
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5位~2位:歴史を決定づけた「魏」の最高幹部たち

🗨️ 要するにこういうことなんじゃよ
ここからは、歴史の教科書にも出てくるような化け物揃いじゃ。ワシも含めてな。それぞれの「生き方」の違いに注目すると面白いぞ。
第5位 司馬懿(しばい)|猫を被った狼

ここからは、いよいよ最強のトップ5の発表です。
ところで、三国志ファンの間では「魏の五大軍師(五謀臣)」という、
いわば神セブン的な5人組が決まっているのをご存知ですか?
さきほど登場した程昱(ていいく)さんや、
これから紹介する荀彧(じゅんいく)さんたちがそのメンバーです。
本来なら、このランキングもその5人が並ぶはずでした。
……が、ここに一人、規格外の怪物が割って入ってきちゃったんです。
それが第5位司馬懿(しばい)。
このランキングの順位を狂わせた張本人です(笑)。
彼は長い間、曹操の下で
「私、ただの真面目な公務員です」
みたいな顔をして働いていました。
曹操も「こいつ、なんか目が笑ってないな……」
と警戒はしていたんですが、
あまりに仕事ができるので使わざるを得なかったんですね。
そして、曹操やその息子たちが亡くなり、
周りのライバルがいなくなった瞬間、
彼はガバッと牙をむきます。
ずっと猫のフリをしておとなしくしていたのに、
飼い主がいなくなった途端に狼の本性を現したわけです。
正直なところ、持っている能力だけで言えば、間違いなくトップ3に入ります。
でも、彼がその才能をフル発揮したのは、曹操が亡くなった、ずーっと後のこと。
曹操が生きている間は、警戒されないように、
あえて牙を隠して「そこそこに優秀な部下」を演じきっていたんですね。
なので、今回の「曹操軍」としての活動期間をメインにしたランキングでは、
彼の将来的な恐ろしさに敬意を表しつつも、
あえてこの第5位という順位にさせてもらいました。
最終的に、魏という国を実質的に乗っ取ってしまうのがこの男。
「長生きして、最後まで立っていた奴が勝ち」という、
ある意味でサラリーマン社会のラスボスみたいな怖さと凄みを持った人物です。
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三国志で諸葛亮を退け続けた知将・司馬懿については、こちらの記事で初心者にもわかりやすく解説しています。
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第4位 荀攸(じゅんゆう)|戦場の魔術師

第4位は、荀攸(じゅんゆう)です。
「じゅん」という響きでピンときた方、鋭いです。
彼は、第1位に登場する荀彧(じゅんいく)の「甥っこ」にあたります。
この荀攸、普段は部屋の隅っこでじっとしているような、ものすごく地味な人でした。
でも、いざ戦場というスイッチが入ると、人が変わったように豹変します。
叔父の荀彧が、会社で言うところの「経営戦略」を練る人だとしたら、 甥の荀攸は、現場でバリバリ動く「最強の現場監督」。
「叔父さんがこう言ってるから、現場ではこう罠を仕掛けよう」
「敵があそこから来るなら、ここで待ち伏せだ」
というように、叔父の描いた大きな絵を、現場のリアルな戦術に落とし込む天才でした。
曹操が勝った大きな戦いの後ろには、必ずと言っていいほど彼のアイデアがあります。
頭脳派の叔父と、実戦派の甥。
この「荀氏セット」の完璧な連携プレーこそが、魏という国が勝ち続けられた最大の理由なんですね。
第3位 賈詡(かく)|無敗の処世術

いよいよトップ3。第3位は、賈詡(かく)です。
この人、一言で表すなら「生き残りの達人」ですね。
実は彼、もともとは曹操の部下ではありません。
それどころか、かつて敵として曹操と戦い、コテンパンにやっつけた過去があるんです。
その戦いで曹操は、愛する息子や部下を失いました。
普通なら、顔も見たくないほど憎い相手ですよね?
捕まったら即、処刑されてもおかしくありません。
ところが彼は、絶妙なタイミングで「まいりました」と降伏し、
なんとそのまま曹操軍のトップ参謀に収まってしまうんです。
なぜか? 曹操が
「憎しみよりも、こいつの頭脳が欲しい!」
と唸るほど、その才能がズバ抜けていたからです。
彼の凄さは、とにかく「引き際」と「一言」のセンスが神がかっていること。
余計なことは喋らないし、絶対に負ける戦いはしません。
たとえば、曹操が「次の社長(後継者)を誰にするか」で悩んでいた時のこと。
周りが派閥争いで揉める中、賈詡はボソッと一言つぶやきました。
「いやあ、袁紹(えんしょう)さんの家も、後継者争いで滅びちゃいましたねぇ……」
これだけで、曹操はハッとして「長男を立てなきゃダメだ」と気づいたのです。
誰も傷つけず、自分の立場も守りながら、答えだけを誘導する。
現代の会社組織でも、一番したたかに出世するのは、こういうタイプかもしれませんね。
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第2位 郭嘉(かくか)|曹操が愛した「もしも」の体現者

第2位は、郭嘉(かくか)です。
彼は38歳という若さでこの世を去りました。
まるで伝説のロックスターのように、太く短い人生を駆け抜けた天才です。
彼の何が凄いって、言うことなすこと全部当たっちゃうんです。
「あそこの敵は放っておけば仲間割れしますよ」
「あのリーダーは、近いうちに暗殺されるでしょう」
まるで未来から来たタイムトラベラーのように、予言を次々と的中させる。
曹操も「わしの死後は、全部あいつに任せよう」と、自分の後継者扱いするほど惚れ込んでいました。
でも、運命は残酷です。
彼が病で倒れたすぐ後に、あの運命の「赤壁の戦い」が起きます。
結果は、皆さんもご存知の通り、曹操軍の歴史的大敗。
炎に包まれる船団を見て、命からがら逃げ帰った曹操は、空を見上げてこう泣き叫びました。
「ああ、郭嘉さえ生きていれば! こんな負け方はしなかったのに!」
もし彼があの時生きていたら、赤壁で魏が勝ち、三国志はそこで終わっていたかもしれない。
そんな歴史の「もしも」を想像せずにはいられない、儚くも美しい天才軍師です。
いよいよラストです。郭嘉ですら2位という層の厚さ。
魏の頭脳の頂点に立つ,「第1位の人物」の登場です!

郭嘉の野郎、酒と女が好きで不真面目だったが……言うことだけはいつも当たりやがったな
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実は他国の軍師も、負けず劣らずのキャラクター揃いなんです。
明日の雑談で使えるネタ、まだまだありますよ。
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第1位 荀彧(じゅんいく)|魏の「設計図」を描いた悲劇の総責任者

🗨️ 要するにこういうことなんじゃよ
彼が完璧な『舞台』を用意したからこそ、ワシらは戦えたんじゃ。光が強いほど影も濃くなる…切ないのう。
堂々の第1位は、やっぱりこの人。 荀彧(じゅんいく)です。
曹操が「わが子房(最高の軍師)」と呼び、全幅の信頼を置いたパートナー。
正直に言って、彼がいなければ「曹操軍」という組織自体、存在すらしていなかったかもしれません。
戦場の駆け引きだけでなく、国全体の「デザイン」を描いた男。
魏という巨大な国の、真の設計者をご紹介します。
なぜ荀彧が「最強」なのか?

郭嘉や賈詡が、目の前の敵をどう倒すかという「戦術(バトル)の天才」だとしたら。
荀彧は、国全体をどうデザインするかという「経営と人事の神様」なんです。
彼の凄さは、大きく分けて3つあります。
1. 「正義」というブランドを作った
当時、落ちぶれて誰も見向きもしなかった「皇帝」を保護することを提案しました。
これにより、曹操軍はただの軍閥から、「国を守る正規軍」という最強の看板を手に入れたんです。
「我々に手を出せば、それは国への反逆ですよ」と言えるわけですね。
2. 驚異の「スカウト力」
実は、このランキングに登場した郭嘉や司馬懿、戯志才……
これ全部、荀彧が連れてきた人材なんですよ。
「自分より優秀なスペシャリスト」を嫉妬せずに連れてくる。
これこそ、本当に自信がある人にしかできない、真のリーダーの仕事ですよね。
3. 留守を預かる「お母さん」役
曹操が安心して遠くへ遠征に行けたのは、荀彧が本拠地で政治や補給を完璧に回していたからです。
「家のことは任せたぞ」 そう言える相手がいたからこそ、曹操は前だけを見て走り続けられたのです。
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「曹操の参謀」として活躍した人物といえば、やはり荀彧(じゅんいく)。
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「漢」と「魏」の狭間で…

でもですね、最後は、とても切ないんです。
荀彧が必死に曹操を支えたのは、あくまで
「ボロボロになった漢王朝を立て直すため」でした。
「曹操様なら、きっと漢を救ってくれる」と信じていたんですね。
ところが、曹操は強くなるにつれて、だんだんと変わっていきます。
漢を直すどころか、漢を飲み込んで、自分が新しい国の王(魏公)になろうとしたのです。
「私が支えたかったのは、漢を守る英雄としてのあなたです」
「国を奪うあなたではありません」
ずっと背中を合わせて戦ってきた二人なのに、最後の最後で、目指していたゴールが違っていたことに気づいてしまった。
晩年、曹操から荀彧のもとに「空っぽの器(弁当箱)」が送られてきた、
という有名な逸話があります。
「中身がない=もうお前に用はない」
その意味を悟った荀彧は、静かに毒を飲んだとも言われています。
最強のパートナーが、それぞれの理想を貫いた結果、悲しい決裂を迎える。
このやりきれない「矛盾」こそが、荀彧という男の美学であり、私たちが三国志に惹かれてやまない理由なのかもしれません。
荀彧という偉大な設計者と、彼が集めた個性豊かな天才たち。
では、これほどの人材を擁した「曹操軍」という組織は、なぜ天下に最も近づけたのでしょうか?次の章で、その強さの秘密を解き明かしていきましょう。

へえー、難しいことはよく分からねぇが、ずっと一緒に戦ってきたのに、最後はそんなことになっちまうのか。頭がいいってのも、楽じゃねえな!
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なぜ「曹操軍」は最強だったのか?天下を獲れた理由

🗨️ 要するにこういうことなんじゃよ
劉備殿のところは「家族」じゃが、ウチ(曹操軍)は「企業」じゃ。情けや義理だけでは、乱世というブラックな市場は生き残れんのじゃよ。
さて、ここまで個性豊かなメンバーを見てきて、なんとなく「曹操軍」の底力が分かってきたのではないでしょうか?
「悪役なのに、なんであんなに強いの?」
「絆なら劉備たちの方が強そうなのに、どうして負けちゃうの?」
そんな疑問、持ちますよね。
結論から言ってしまうと、曹操軍が最強だった理由は、武将の腕力でも兵士の数でもありません。
実は、「参謀(軍師)たちの使い方が、劉備軍とは決定的に違ったから」なんです。
個人の力ではなく、組織としての「頭脳の使い方」。
その秘密を、大きく2つのポイントで紐解いていきましょう。
理由1:役割分担が完璧な「曹操軍」vs ワンオペの「劉備軍」

ひとつ目の理由は、ズバリ「チームでの戦い方」の違いです。
曹操軍の軍師たちって、サッカーで言うならポジションがこれ以上ないくらい明確に決まっていたんですよ。
- 荀彧(ホーム): 本拠地で政治や補給、全体戦略をどっしり構えて担当。(守備の要&司令塔)
- 郭嘉・荀攸(アウェイ): 最前線で曹操と一緒に泥にまみれて戦術を指揮。(攻めのエースストライカー)
こうやって「内」と「外」を完全に分担できていたから、曹操は「家のことは頼んだぞ!」と安心して遠征に行けたわけです。
一方で、ライバルの劉備軍(蜀)はどうだったかというと……
正直、諸葛亮孔明の「ワンオペ」状態でした。
孔明はたしかに超天才です。
でも、政治もやって、法律も作って、軍隊も指揮して、外交もやって……って、
いくらなんでも一人で背負いすぎです。
ブラック企業も真っ青の働き方ですよね。
「天才ひとり」が引っ張るチームと、それぞれの得意分野を持った「プロ集団」が回すチーム。
長期戦になったとき、どちらが強いかは明らかです。
これが、曹操軍が天下に一番近かった、シンプルだけど最大の理由なんですね。
理由2:過去を問わない「唯才主義」と、失敗を許す「心理的安全性」

ふたつ目は、曹操というリーダーが作った「組織の空気感」です。
曹操は「唯才(ゆいさい)主義」といって、
「才能さえあれば、家柄も過去も性格も問わない」
という採用方針を徹底していました。
だからこそ、 かつて自分をボコボコにした
元・敵の賈詡(かく)や、
素行不良で酒癖の悪い郭嘉(かくか)、
強欲でワイロ疑惑のある陳群(ちんぐん)……
こんな、普通の会社なら書類選考で落とされそうな
「クセ強メンバー」たちが、魏には集まれたんです。
「仕事ができれば、他は目をつぶるよ」という度量の広さですね。
さらに凄かったのが、「部下の挑戦を責めない」こと。
曹操は、軍師の策を採用して失敗しても、
「それを採用したわしの責任だ」と言って、部下を決して罰しませんでした。
これ、現代のビジネスで言うところの「心理的安全性」ってやつですよね。
「失敗しても殺されない(怒られない)」
という安心感があるから、軍師たちは萎縮せずに、
大胆でクリエイティブな作戦を次々と提案できた。
実力主義のドライさと、挑戦を許す懐の深さ。
この2つが合わさった曹操軍は、働く参謀たちにとって、
実力を120%発揮できる「最高の職場」だったに違いありません。

失敗だと? ガハハ! 失敗するほど挑戦した奴を、わしは笑わんぞ。
……ただし、同じ失敗を二度したら斬るがな
では、最後にこのランキングを通して、私たちが彼らから何を学べるのか、
まとめていきましょうか。
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「司馬懿は忍耐型の軍師でしたが、じゃああなたは?」
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▶️🔗 【軍師診断】あなたはもしも軍師だったら誰タイプ?
意外と“司馬懿タイプ”が出たらビックリですよ(笑)
まとめ:あなたの「推し軍師」は誰?~彼らの生き様から学ぶこと~

ここまで曹操軍の天才たちを見てきましたが、いかがでしたか?
私がこのランキングを書いていて改めて思ったのは、
「魏の強さは、正解が一つじゃないこと」なんです。
普通、「理想のリーダーと部下」というと、
劉備と孔明のような
「清廉潔白で、死ぬまで忠義を尽くす関係」
を思い浮かべますよね。
もちろん、それはとても美しいし、憧れます。
でも、曹操軍の軍師たちは、もっと泥臭くて[人間くさい」んですよ。
郭嘉のように、太く短く才能を燃やし尽くすのも人生。
賈詡のように、「長いものには巻かれろ」と割り切って、
しぶとく生き残るのも一つの知恵。
そして荀彧のように、最後は報われないと分かっていても、
自分の美学を貫く生き方もある。
曹操という男のすごさは、清濁併せ呑んで,
「バラバラな個性の連中を、それぞれの得意分野で輝かせたこと」
にあるんでしょうね。
仕事や人生で迷った時、彼らのことを思い出してみてください。
「今はリスクを取ってでも勝負する時!」
と思えば、郭嘉の直感を信じてみる。
「いや、今はとにかく嵐が過ぎるのを待とう」
と思えば、司馬懿や賈詡のように爪を隠して耐えるのも立派な戦略です。
「正しさ」なんて、人それぞれでいい。
曹操軍の軍師たちは、そんな「人生の選択肢の多さ」を、
私たちに教えてくれている気がします。
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私もブログを始めたころからずっと憧れている、「はじめての三国志」さんの記事はこちら👉
👉三国志の魏、呉、蜀で頭の良い軍師は誰だ?ランキング化するよ!
気になったら、ぜひのぞいてみてね!🙏✨
Q:曹操軍最強の軍師は誰?
A:総合力と実績から「荀彧(じゅんいく)」が第1位です。曹操軍の基盤を作り、人材を集めた最大の功労者です。
Q:なぜ魏は強かったのか?
A:「唯才主義」による人材登用と、失敗を許容する「心理的安全性」、そして内政・前線・外交といった明確な役割分担があったからです。
Q:魏の五大軍師とは?
A:荀彧・荀攸・賈詡・程昱・郭嘉の5人を指します。彼らは曹操軍の中核として覇業を支えました。
Q:郭嘉が人気の理由は?
A:38歳で早世した天才という儚さと、予言のような的中率、そして赤壁の敗戦後に曹操が彼を偲んで嘆いた逸話が有名だからです。
Q:司馬懿は何位?
A:能力はS級ですが、曹操時代はまだ警戒されていたことなどから、本ランキングでは第5位としています。













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