コーエーのゲームで蜀プレイをしていたある夜のことです。
荊州を任せていた糜芳が、またあっさり呉に寝返りました。
「またこいつか」
思わずため息をついて、気づいたら検索していました。 「三国志 嫌いな武将」と。
でも出てくる記事は、どれも他人事みたいな解説ばかり。 自分の怒りを、ちゃんと代弁してくれるものがなかったんです。
この記事は、そんな夜のために書きました。
「嫌い」って言いにくい空気、三国志界隈にはありますよね。 ガチ勢に「演義脳」と言われそうで、怖くて言えない。
好きな陣営を追っていると、「なんでこんなことを!」と言いたくなる瞬間がありますよね。この記事では、そんな筆者の気持ちを込めた順位と、それぞれの行動や事情を、正史・演義・ゲームを分けながら楽しんでいきます。
この記事の第1位は董卓です。これは投票結果ではなく、私自身の読み方とゲームでの経験を交えたランキング。皆さんなら誰を選ぶでしょうか?
嫌いな武将TOP10の早見表
1位 董卓:皇帝の廃立と遷都
2位 糜芳・傅士仁:荊州の守りを失うきっかけに
3位 劉禅:蜀の滅亡と降伏
4位 呂布:主従関係を揺るがす行動
5位 郭図:袁紹陣営での対立
6位 范彊・張達:出陣前の張飛を殺害
7位 馬謖:街亭で敗北
8位 何進:董卓を都へ呼ぶ
9位 袁術:皇帝を名乗る
10位 劉璋:劉備を迎え、後に降伏
今回は以下の5つの基準でランキングを作りました。
この点数は私の見方を交えたものです。「ファンのヘイト度」もファン全体の投票ではなく、演義やゲームを通じて私が受けた印象として読んでください。
- 歴史的被害度(正史ベース):主君や国家にどれだけ致命的な損害を与えたか
- 裏切りの悪質さ:義理を欠いた保身や、身勝手な裏切りがあったか
- ファンのヘイト度:演義やゲームで、どれだけプレイヤーをイライラさせたか
- 無能さ:判断力や指導力の欠如が、どれだけ被害を拡大させたか
- 救いのなさ:最期や末路に、同情や逆転の余地がまったくないかがあったか
では、いきましょう。
第10位〜第6位|「こいつのせいで…」と思った武将たち

歴史の流れを変えた武将というのは、英雄だけじゃないんです。
「なんでここでそんな行動を…」と、本を閉じたくなる人たちも、 間違いなく歴史を動かしています。
まずは10位から6位、じっくり見ていきましょう。
第10位:劉璋(りゅうしょう)〜「暗弱」が国を滅ぼす恐怖〜

※画像のセリフと人物評はイメージです。陳寿の評に「暗弱」という語はなく、劉璋の才能について別の表現で論じています。

🗨️ 要するにこういうことなんじゃよ
暗弱とは、悪意がないぶん始末に負えん。器のない者が上に立つ恐ろしさよ
ヘイトの理由:決断力の欠如により、自ら国を明け渡す形になったため。
益州の君主です。
正史『三国志』劉璋伝には、劉璋が黄権らの反対を受けながら劉備を迎え、後にその劉備と戦って降伏した経緯が記されています。あの判断は、益州の行く末を大きく変えました。
参考:『三国志』劉璋伝
コーエーのゲームで劉璋軍を使うと、武将はそこそこ優秀なのに、君主の魅力が低すぎてすぐ引き抜かれるんですよ。 「また一人いなくなった」と悲哀を何度も味わいました。
良く言えば「人が良い」。 でも乱世において、トップの優柔不断はそれ自体が罪なんです。
部下が優秀なほど、無能な上司の罪は重くなる。 そのことを痛感させてくれる人物です。
第9位:袁術(えんじゅつ)〜実力なき自称皇帝の末路〜

※画像のセリフと人物評はイメージです。蜂蜜の逸話は、袁術伝の注に引く別資料に伝わります。

🗨️ 要するにこういうことなんじゃよ
玉璽一つで天下が取れると思うたか。勘違いにも程がある、救えん男じゃ。
ヘイトの理由:身の程知らずの野心で、民を苦しめたため。
名門・袁家の出身で、皇帝を名乗った袁術。正史の袁術伝には、部下の諫言を聞かずに帝号を称し、ぜいたくを重ねる一方で兵や民が苦しんだと記されています。
参考:『三国志』袁術伝
彼を「嫌い」とは言いにくい理由が一つあって、その強烈な小物感が、むしろ愛おしくなってくるんです。
最期に蜂蜜入りの飲み物を欲しがった逸話は、袁術伝の裴松之注に引く『呉書』などに伝えられます。本文と注に引かれた別の資料は、分けて読むと面白いですね。
歴史上の脅威というより、三国志における最高の「噛ませ犬」として、ある意味で欠かせない存在です。
第8位:何進(かしん)〜全ての元凶となった優柔不断な上司〜

※画像のセリフはイメージです。何進は董卓が到着する前に殺されました。

🗨️ 要するにこういうことなんじゃよ
決断できぬ者が権力を持つと、こうなる。董卓を呼んだのはお前自身じゃぞ。
ヘイトの理由:決断力がなく、董卓を都に招き入れ乱世の引き金となったため。
妹が皇后になったことで大将軍にまで上り詰めた人物です。
董卓伝によると、何進は袁紹と宦官の排除を謀りますが、太后が従わず、圧力をかけるため董卓を呼びました。董卓が到着する前に、何進は殺されます。
参考:『三国志』董卓伝
進乃召卓使將兵詣京師。
何進が董卓を呼び、兵を率いて都に来させた、という意味です。この後の混乱を思うと、何とも悔しい一手です。
出典:『三国志』巻6・董卓伝
一番イライラするのは、「自分たちで処理できないから」と、地方の凶悪な董卓を都に呼び寄せてしまった点です。
「無能な上司が外部のヤバいコンサルを呼んで会社が崩壊する」。
現代の組織論でも見かける光景ですが、これが歴史の規模で起きるとこうなるんですね。 歴史的被害度でいえば、間違いなく上位に入ります。
第7位:馬謖(ばしょく)〜孔明の期待を裏切った「頭でっかち」〜

※画像には演義の場面を含みます。正史本文は、馬謖が街亭で敗れ、獄中で死去したと記します。

🗨️ 要するにこういうことなんじゃよ
知識と度胸は別物じゃ。山の上で兵法を語っても、水を断たたれて終わりじや。
ヘイトの理由:軍令違反で大敗を招き、蜀の北伐を挫折させたため。
「泣いて馬謖を斬る」の語源となった人物です。
正史『三国志』馬謖に関する記述では、諸葛亮に抜擢された馬謖は街亭で張郃に敗れ、兵は散り散りになりました。山上に陣を張る詳しい場面は演義でも描かれます。
参考:『三国志』馬良伝・馬謖
與魏將張郃戰於街亭,為郃所破,士卒離散。
魏の張郃と街亭で戦って敗れ、兵が散った、という意味です。蜀ファンとしては、ここを読むたび胃が痛くなります。
出典:『三国志』巻39・馬良伝・馬謖
蜀ファンとしては、彼のやらかしは本当に胃が痛くなります。
ゲームでも知力は80台後半と高いのに、いざ実戦の重要な場面を任せると大ポカをやらかす印象が強い。
知識と実戦経験の乖離を象徴する人物として、長年ヘイトを集め続けています。
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第6位:范彊(はんきょう)・張達(ちょうたつ)〜張飛を襲った身内の刃〜

※画像のセリフと「もしも」の展開はイメージです。寝ている張飛を襲う細部は演義の描写です。

🗨️ 要するにこういうことなんじゃよ
恨みは理解できる。じゃが、よりにもよってあの男の寝首を掻くとは。胆だけは認めてやろう。
ヘイトの理由:関羽の仇討ち直前の張飛を騙し討ちにしたため。
張飛の配下だった二人。正史『三国志』張飛伝では、出発前に張達・范彊が張飛を殺し、その首を持って孫権のもとへ逃れたと記されます。張飛の部下への厳しい扱いも記されています。
参考:『三国志』張飛伝
演義では、出陣準備を命じられた二人が鞭打たれ、寝ている張飛を襲う流れが描かれます。それでも、これから関羽の仇討ちだという場面に水を差されたようで、悔しくなってしまいます。
何より悔しいのが、「もしもこの二人がいなかったら」という妄想が止まらないこと。
怒り狂った張飛が生きたまま荊州に乗り込む世界線、見たかった。 呉からしたら悪夢どころじゃなかったはずです。

こいつら6位か……わしの首持って呉に逃げるとか、根性だけは認めたるわ。
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第5位〜第2位|歴史の流れを変えた「許せない」武将たち

ここからは、私が「どうしても引っかかる!」と思う人物たちです。
「こいつのせいで、歴史が変わった」
そう言いたくなるような武将たちです。
何度読み返しても、つい「あのとき違う選択をしていれば……」と思ってしまう。
三国志ファンなら、きっと共感してもらえるはずです。
第5位:郭図(かくと)〜組織を内部から腐らせる保身の鬼〜

※画像の人物評は筆者の見方です。田豊と沮授の死を、郭図一人の責任とは断定できません。

🗨️ 要するにこういうことなんじゃよ
味方を売って保身を図る。わしも似たようなことはするが、あやつは下品すぎる。
ヘイトの理由:官渡の戦いでの進言と、味方を讒言したと伝わる行動。
袁紹の軍師ですが、この人の怖さは「敵より味方に対するダメージが大きい」点です。
正史『三国志』張郃伝は、官渡で郭図が自分の進言を恥じ、張郃を讒言し、張郃が恐れて曹操のもとに降ったと記します。ただし裴松之は、張郃が降った時期などについて他の伝と食い違うことも指摘しています。
参考:『三国志』張郃伝と裴松之注
田豊は袁紹に殺され、沮授は捕らえられた後、曹操に殺されました。二人の死をまとめて郭図の責任と断定することはできません。
参考:『三国志』袁紹伝
現代の会社にも、絶対にいてほしくない人物ナンバーワンです。
第4位:呂布(りょふ)〜武力は最強、義理は最低〜

※画像のセリフはイメージです。正史の呂布伝は丁原を呂布の主君として描き、董卓とは父子を誓ったと記します。

🗨️ 要するにこういうことなんじゃよ
強さだけで生きようとした哀れな男じゃ。信じる者がおらんから、誰にも信じてもらえん。
ヘイトの理由:恩義を仇で返す、息を吐くような裏切りの連鎖。
「人中に呂布あり」と称される三国志最強の猛将です。
呂布伝によると、丁原に信頼されていた呂布は、董卓に誘われて丁原を殺しました。その後、父子を誓った董卓を王允らとともに殺しています。劉備との関係を含め、その行動をどう見るか悩ましい人物です。
参考:『三国志』呂布伝
卓以布見信於原,誘布令殺原。
董卓は、呂布が丁原に信頼されているのを見て、丁原を殺すよう誘った、という意味です。呂布の行動を考える出発点になります。
出典:『三国志』巻7・呂布伝
正史でも彼の裏切り癖は際立っています。
ゲームをプレイする方なら「呂布に兵を与えるな、国を与えるな、信用するな」という約束事を叩き込まれた経験があるはずです。
「強すぎるがゆえに、味方にすると一番厄介」という、三国志ならではの特異なヘイト武将です。
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第3位:劉禅(りゅうぜん)〜孔明の死を無駄にした暗君〜

※画像の人物評は筆者の見方です。「蜀を思わず」の話は後主伝の注に引く『漢晋春秋』にあります。

🗨️ 要するにこういうことなんじゃよ
何もせんことが、これほどの被害を生むとは。無為もまた、立派な罪じゃ。
ヘイトの理由:蜀の忠臣たちの血のにじむような努力を、水泡に帰したため。
蜀漢の第2代皇帝です。
諸葛亮の死後も蜀は続きましたが、後年は黄皓が権勢を持ち、魏の侵攻を受けて劉禅は降伏しました。蜀を応援する身としては、その結末がやはり切ないんです。
降伏後の「ここは楽しいので蜀を思い出しません」という逸話は、正史『三国志』後主伝の裴松之注に引く『漢晋春秋』にあります。蜀ファンとしては、胸に刺さる一言です。
此間樂,不思蜀。
ここは楽しいので蜀を思い出さない、という意味です。伝えられた言葉だけで劉禅の本心までは決められません。
出典:『三国志』巻33・後主伝、裴松之注引『漢晋春秋』
最近のゲームや考察では「実は暗君を演じていた有能説」も出ます。 とはいえ、物語を追ってきた者としては、虚無感しか残らないのが正直なところです。
第2位:糜芳(びほう)・傅士仁(ふしじん)〜関羽を見殺しにした最悪の裏切り〜

※画像のセリフと「もしも」の展開はイメージです。関羽伝は二人が処罰を恐れていた事情も記します。

🗨️ 要するにこういうことなんじゃよ
関羽が怖かったのはわかる。じゃが国を売るか。末代まで語り継がれる恥じゃぞ。
ヘイトの理由:蜀の最重要人物・関羽を見殺しにし、国家を傾かせたため。
関羽が樊城を攻めていたころ、荊州の守りを任されていた糜芳と士仁は孫権側に応じました。関羽は後方の拠点を失い、退却の中で命を落とします。関羽伝のこの箇所では「士仁」と記され、演義などでは「傅士仁」とも呼ばれます。
芳、仁咸懷懼不安。
糜芳と士仁が、ともに恐れと不安を抱いていた、という意味です。関羽の処罰を恐れた事情が記されます。
出典:『三国志』巻36・関羽伝
許せない最大の理由は「ポジションの重要性」です。
特に糜芳は、妹が劉備の妻(糜夫人)であり、旗揚げ時代から苦楽を共にしてきた超古参。 それなのにあっさり国を売ったんです。
そして何より悔しいのが、この裏切りで潰えた「もしもの世界線」です。
関羽が洛陽へ、劉備が長安へ、そして呉が合肥へ——三方向から魏を同時に締め上げる世界戦、見てみたかった。三国志史上最大のクライマックスになっていたはずです。
そんな夢の世界線を、つい想像してしまいます。もちろん、あの時に何が起きたとしても、その後の歴史がどうなったかは誰にも分かりません。

糜芳……お前だけは、神になっても許さんぞ。
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第1位:董卓(とうたく)〜絶対悪として完成された暴虐の徒〜

※画像には正史・演義と筆者の想像を含みます。劉備らとの出会いは演義の場面です。

🗨️ 要するにこういうことなんじゃよ
悪の完成形とはこういうものじゃ。恐ろしいのは、本人が何も恥じておらんことよ
さて、いよいよ第1位の発表です。
10位から2位まで読んできて、薄々気づいていますよね。
「あいつしかいない」と。
三国志ファン歴40年、読むたびに怒りが新鮮によみがえる男がいます。
乱れた時代の中で権力を握り、強烈な爪痕を残した男。
憎たらしいのに、こいつがいなければ始まらなかった。
そんな皮肉な男が、堂々の1位です。
正史も演義も、擁護の余地がない
ヘイトの理由:皇帝を廃し、都を焼き払い、民を虐殺した純度100%の悪。
堂々の第1位は、朝廷の混乱の中で権力を握った董卓です。
正史『三国志』董卓伝には、皇帝を廃して献帝を立て、長安へ遷都したことや、洛陽の宮殿などを焼いたことが記されています。ここは、筆者がどうしても怒りを覚えるところです。
参考:『三国志』董卓伝
さらに演義の第1回に、こんな場面があります。
黄巾賊に敗れて逃げていた董卓を、劉備三兄弟が命がけで救出します。
ところが董卓は、劉備たちが「無官の平民」だと知るや否や、恩人に対して露骨に見下した態度をとる。
玄德曰:「白身。」卓甚輕之,不為禮。
劉備が官職のない身だと答えると、董卓は彼を軽んじ、礼を尽くさなかった、という場面です。こちらは演義の描写として楽しみましょう。
出典:『三国志演義』第1回
張飛が激怒したのは当然で、読んでいるこちらも「なんだこいつは!」と強烈なヘイトを抱きました。
強きに媚び、弱きを徹底的に虐げる。
「三国志の始まりにして最大の悪役」として、これほど完成された人物は他にいません。
なぜ乱世は始まったのか|董卓登場までの流れ
董卓が突然現れて暴れ始めた、というわけじゃないんです。
そもそもの引き金は、宦官と外戚の権力争いでした。
朝廷が腐敗し、黄巾の乱で民心が離れ、何進が宦官を一掃しようとして逆に暗殺される。
その混乱の隙間に、地方の軍閥だった董卓が滑り込んできた。
つまり董卓は、腐りきった朝廷が自ら招き入れた災厄なんです。
「悪いのは董卓だけじゃない」と頭ではわかります。
でもだからこそ、その混乱を全部利用して好き放題やった董卓が、余計に許せないんですよね。
董卓がいなかったら?もしもの世界線
これが一番の妄想です。
もし董卓が洛陽に来なければ、献帝の擁立や長安への遷都は、実際とは違う形になっていたかもしれません。
各地の諸侯が「打倒董卓」を掲げる展開も、変わったかもしれません。
群雄割拠の乱世そのものが、始まらなかったかもしれない。
魏も呉も蜀も生まれず、曹操は一地方官吏のまま、劉備は靴を売り続け、孔明は南陽で畑を耕したまま終わっていた可能性がある。
三国志という物語が存在しなかった世界線です。
「嫌いな武将」の1位でありながら、「この人がいなければ三国志は始まらなかった」という皮肉な存在。
それが董卓です。

董卓め……おかげで何十年も野宿させられたじゃないですか。靴は売るもので、履き潰すものじゃないんです。
嫌いな武将ヘイトスコア表
40年以上三国志と向き合ってきた経験をもとに、5つの軸で採点しました。
正史の記述、演義の描写、そしてコーエーゲームで何度も煮え湯を飲まされた体験。
五つの観点を使った、私なりの数字です。
なお「ファンのヘイト度」は、演義での憎たらしさとゲームでのイライラを私なりに点数にしたもの。ファン全体の投票結果ではありません。
| 順位 | 武将 | 歴史的被害度 | 裏切りの悪質さ | ファンのヘイト度 | 無能さ | 救いのなさ | 合計/50 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1位 | 董卓 | 10 | 8 | 10 | 7 | 10 | 45 |
| 2位 | 糜芳・傅士仁 | 10 | 10 | 9 | 6 | 8 | 43 |
| 3位 | 劉禅 | 9 | 4 | 9 | 8 | 9 | 39 |
| 4位 | 呂布 | 7 | 10 | 9 | 4 | 7 | 37 |
| 5位 | 郭図 | 8 | 9 | 7 | 6 | 6 | 36 |
| 6位 | 范彊・張達 | 8 | 7 | 9 | 4 | 7 | 35 |
| 7位 | 馬謖 | 8 | 3 | 8 | 7 | 5 | 31 |
| 8位 | 何進 | 8 | 3 | 7 | 9 | 4 | 31 |
| 9位 | 袁術 | 5 | 4 | 7 | 8 | 6 | 30 |
| 10位 | 劉璋 | 4 | 2 | 6 | 9 | 5 | 26 |
表を眺めてみると、面白いことに気づきます。
裏切りの悪質さで見ると、呂布と糜芳・傅士仁はどちらも10点満点の同点なんです。
でも、質が違う。
呂布の裏切りは「またか」と、もはや織り込み済みです。
でも糜芳は違う。旗揚げ時代からの超古参が、誰も予測できないタイミングで国を売った。
同じ10点でも、傷の深さが全然違います。
もう一つ面白いのが劉禅です。
裏切りの悪質さは4点と低い。
積極的に悪いことをしたわけじゃないのに、合計39点で3位に入ってくる。
「何もしなかっただけなのに、結果として最悪」という、ある意味で一番やっかいなタイプです。
無能さと救いのなさが、静かに積み上がった結果です。

なんでわしの裏切りの悪質さが満点なんじゃ。ただ強い方についただけじゃろうが。
実は擁護できる?ヘイト武将の「もう一つの顔」

ここまで、さんざんヘイトをぶつけてきました。
でも、少しだけ立ち止まってみます。
三国志を長く読んでいると、あることに気づくんです。
「完全な悪人」って、ほとんどいない。
どの武将にも、言い訳とは呼べない「事情」があった。
そう思えてくる瞬間が、必ずあるんですよね。
劉璋を擁護するなら
劉璋が「暗弱」なのは本人の資質だけじゃなく、父・劉焉が残した負の遺産が大きいんです。
益州はもともと、外来の支配者と地元豪族の対立が根深い土地でした。 引き継いだ時点で、すでに火種だらけだった。
「優柔不断な君主」というより、「ハードモードを押し付けられた後継者」として見ると、少し違って見えてきます。
馬謖を擁護するなら
街亭の失敗は、馬謖だけの責任じゃないという見方もあります。
正史の馬良伝には、劉備が「馬謖は言葉が実力以上なので重用してはいけない」と諸葛亮に伝えたと記されます。街亭で馬謖を抜擢した諸葛亮の判断も、考えてみたくなるところです。
馬謖は街亭で敗れました。馬良伝本文は「獄中で死去」と記し、演義の斬首場面とは描き方が異なります。
「頭でっかちの失敗」というより、「抜擢した側の判断ミス」という角度から見ると、馬謖がちょっとだけかわいそうになってきます。
劉禅を擁護するなら
これが一番難しくて、一番面白い。
「此間樂,不思蜀(ここは楽しいので蜀を思い出しません)」という発言、実は生き延びるための知恵だったという説があります。
司馬昭に警戒されないための言葉だった、と想像する人もいます。ただし、その意図や、誰かを守るために演じたかどうかは、伝わる記述だけでは確かめられません。
そう考えると、あの発言は暗愚の証明ではなく、究極の処世術だったかもしれない。
擁護できるかどうかは、あなたが決めてください。 ぼくはまだ、複雑な気持ちのままです。
呂布を擁護するなら
呂布の行動を、乱世で生き残ろうとした結果として見る人もいるかもしれません。
ただし、董卓との関係には本人の不安や恨みも記され、すべてを「強い主君への乗り換え」と説明することはできません。
生き残るために立場を変える、という見方もできますが、それだけで本人の動機を決めるのは難しそうです。
問題は、その乗り換え方があまりにも「命がけ」だったこと。 義理がないのではなく、義理より生存本能が勝っていただけかもしれません。
とはいえ、ゲームで裏切られた怒りは消えませんが。
糜芳・傅士仁を擁護するなら
これが一番難しい。
正直に言うと、擁護の余地はほとんどありません。
ただ一点だけ。関羽という人物は、味方に対しても容赦なく厳しかった。 正史の蜀書・関羽伝には、糜芳と傅士仁が「軍需物資の調達を十分に行えなかったとして、関羽から処罰をちらつかされていた」という記述があります。
関羽の処罰を恐れていたことは関羽伝に記されています。ただ、二人の胸の内や選択肢を一つに決めつけることはできません。
それでも許せないのは変わりません。 でも「最悪の裏切り者」と断じる前に、そういう背景があったことは知っておいても損はないと思います。
擁護コーナーを書いていて気づくのは、ヘイトが強い武将ほど、背景が複雑だということです。
単純な悪人は、物語に残りません。 「許せないけど、なんか気になる」という引力を持った人物だからこそ、1800年経っても語り継がれているんですよね。

擁護できるかどうか考えてやろう。……やっぱり無理な奴もおるな。
まとめ:憎まれ役がいるから、三国志は面白い

ランキング、いかがでしたか?
こうして見ると、嫌いな武将たちも、みんな三国志という物語に欠かせないピースなんですよね。
董卓や糜芳たちの行動は、三国志を読むときに何度も考えたくなる分岐点です。「許せない」と感じるほど、物語に本気で向き合っているのかもしれません。
ゲームで詰まって、本に向かって怒鳴りたくなる夜がある。40年以上三国志を愛してきた私にとっても、そんな気持ちは今なお新鮮です。
「わかる!」と共感してもらえたらうれしいです。そして、正史と演義の違いや別の事情を知ったうえで、皆さんなりの順位も考えてみてください。
さあ、次のプレイでも糜芳を信用しないようにしましょう。

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Q:呂布は正史でも裏切り者ですか?
A:呂布伝には、丁原を殺して董卓に仕え、後に董卓を殺した経緯が記されています。行動とその背景は、本文で分けて紹介しています。
Q:劉禅は本当に暗君だったんですか?
A:黄皓が権勢を持ったことなどは史書に記されます。一方で人物評価には複数の見方があり、劉禅が暗君を演じたという説は一つの解釈です。
Q:董卓の悪行は演義だけの話ですか?
A:皇帝の廃立、長安への遷都、洛陽の宮殿などの焼却は正史の董卓伝に記されます。劉備らとの出会いは演義の場面です。
Q:「演義」と「正史」って何が違うんですか?
A:正史『三国志』は陳寿の歴史書で、後に裴松之が注を付けました。『三国志演義』は歴史をもとに創作を交えた小説です。
Q:蜀はなぜ滅んだんですか?
A:蜀は263年に魏の侵攻を受けて降伏しました。外交・軍事や国力、国内政治など複数の事情があり、一つの原因だけでは説明できません。








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